研究内容

 一般の方向けの研究紹介はこちら:YNUの研究力超伝導で究極の計算機を創る

 現在の計算機システムよりはるかに計算能力と電力効率の高い、次世代の計算システムを作ることが本研究室の目標です。我々は超伝導エレクトロニクスを武器に、このような目標の実現に向けて研究を行っています。

 極めて小さな消費電力で100GHzを超えるクロック速度での動作が可能な「超伝導ディジタル回路」、超伝導特有の巨視的な量子効果を利用することで組み合わせ最適化問題を極めて効率的に解くことができる「アニーリング型超伝導量子コンピュータ」、生物の脳の機能を模倣した超伝導回路網によってパターン認識や学習が効率的に行える「超伝導人工ニューラルネットワーク」が現在の主な研究テーマです。これらは超伝導の特徴である高速低電力動作、高感度性、量子効果の制御性などを積極的に利用しています。

 以下に研究の具体的な研究の例を示します。もちろんこれら以外の新しい研究にも積極的に取り組んでいます。

Keywords: beyond-CMOS device, superconductor logic, integrated circuit, quantum computing, annealing machine, neuromorphic computing



超低電力超伝導集積回路の研究


 情報爆発社会を迎え、高速にかつ効率的に情報を処理することがますます求められるようになりました。超伝導体中の磁束の最小単位である磁束量子をビットとして用いる超伝導単一磁束量子回路は、770ギガヘルツの速度でのフリップフロップのディジタル動作が実証されるなど、極めて低い消費電力において超高速な動作が可能です。

 低電力性が長所の超伝導回路ですが、さらにその消費電力を減らすことができます。一般的には動作速度を下げることによって消費電力を削減することができます。これに対して我々は動作速度と低電力性のトレードオフを打破する、超高速動作が可能な超低電力超伝導回路の実現を目指し、研究を進めています。

References
[1] A. Sanada, Y. Yamanashi, and N. Yoshikawa, “Study on Single Flux Quantum Floating-Point Divider Based on Goldschmidt’s Algorithm,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 29, no. 5, 13019045, Aug. 2019. DOI YNU-Repository
[2] 山梨裕希, 竹内尚輝, 吉川信行, “低電力超伝導集積回路研究の進展” 電気学会論文誌A, vol. 136, no. 12, pp. 734-739, Dec. 2016. (解説論文) DOI YNU-Repository
[3] R. Tsutsumi, K. Sato, Y. Yamanashi, and N. Yoshikawa, “Improvement of Operation Speed of LR-Biased Low-Power Single Flux Quantum Circuits by Introduction of Dynamic Resetting of Bias Currents,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 26, no. 8, p. 1301405, Dec. 2016. DOI YNU-Repository




超伝導体中の磁束量子を信号として用いる回路の構造




超伝導除算演算回路のレイアウト。クロック周波数50 GHz以上での動作が可能。

 

名古屋大学大学院工学研究科田中雅光助教による超伝導ALUの56GHz動作デモ動画
1.6-mW, 56-GHz Arithmetic Logic Unit Based on Superconductor Single-Flux-Quantum Logic Circuit



超伝導量子アニーリング回路による量子コンピュータの研究

 経路探索やスケジューリングなど、ある制約の下で最もある指標(例えば移動距離や利益)を最小化(または最大化)するような問題は最適化問題と呼ばれ、従来型のコンピュータで大規模な最適化問題を解くことは計算量の計算サイズに対する指数関数的増加のために非常に困難です。ある物理系のポテンシャルの最小値を量子トンネリング現象を用いて見つけ出す量子アニーリング機械は最適化問題を極めて短い時間で解くことができる計算機として世界中で開発研究が進められています。しかし有用な規模の最適化問題を解くことができる量子アニーリング機械の実現にはまだまだ至っていません。

 本研究室では特定用途向け(因数分解や、機械学習など)の専用量子アニーリング計算機の研究を進めることで、汎用回路に必要な冗長な機構を排した大規模量子アニーリング機械を実現を目指しています。超伝導特有の巨視的な量子効果を用いた量子ビット(量子アニーリングにおける1ビットのメモリ・演算回路)や量子ビット間の結合回路の解析や実験による計算能力の評価など研究を行っています。将来的には実用的なサイズの最適化問題を解ける量子コンピュータの実現を目指しています。

References
[1] 山梨裕希, 山口大貴, 三宅航平, 才田大輔, 渡瀬菜里衣, “機械学習のための超伝導量子アニーリング回路の開発” 電気学会基礎・材料・共通部門大会, オンライン, 2020年9月.(招待講演)
[2] D. Saida, Y. Yamanashi, and N. Watase, “Theoretical and Experimental Characterization of Fundamental Superconducting Flux Qubit in Quantum Machine Learning,” International Superconductive Electronics Conference (ISEC) 2019, Riverside, US, Jul. 2019.
[3] D. Saida, H. Ariyoshi, and Y. Yamanashi, “Principle Verification of the Superconducting Flux Qubit Cell Toward the Quantum Sampling Approach in Training of Deep Neural Networks,” 31st International Symposiumu on Superconductivity (ISS2018), Tsukuba, Japan, Dec. 2018.
[4] PR times, "基本的な磁束量子ビットの作製と、機械学習等の用途に向けた検討の開始" 2018年12月.



超伝導量子アニーリング回路を希釈冷凍機(10 mK)中で測定



パイ遷移ジョセフソン接合を用いた新型超伝導回路の研究


 従来の超伝導回路はジョセフソン接合と呼ばれる素子で構成されています。近年ジョセフソン接合と相補的な特性を持つ、パイ遷移ジョセフソン接合の作製や動作実証が多くの研究機関でなされるようになってきました。

 我々はジョセフソン接合とパイ遷移ジョセフソン接合の両方を組み合わせてできる新しい超伝導回路について、回路設計法や回路シミュレーション方法、性能上限の理論的検討や応用に関する研究を広く行っています。我々はすでに従来回路に比べて回路面積や消費電力が減らせること、相補出力を持つ回路が簡単に構成できることなどを実証しています。本研究結果は第10回応用物理学会超伝導分科会研究奨励賞を受賞し、本研究に関する発表論文はSupercond. Sci. Technol.誌のHighlight of 2018やIEEE Trans. Appl. Supercond.誌の招待論文に選出されています。

 本研究のためにパイ遷移ジョセフソン接合を含む回路用アナログシミュレータ「PJSIM」「PJSIM_N」を作成しました。以下からダウンロードできます。

PJSIM Download Page

References
[1] (Invited Paper) Y. Yamanashi, S. Nakaishi, and N. Yoshikawa, “Simulation of the Margins in Single Flux Quantum Circuits Containing π-Shifted Josephson Junctions,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 29, no. 5, 1301805, Aug. 2019.  DOI YNU-Repository
[2] Y. Yamanashi, S. Nakaishi, A. Sugiyama, N. Takeuchi, and N. Yoshikawa, “Design methodology of single-flux-quantum flip-flops composed of both 0- and π-shifted Josephson junctions,” Supercond. Sci. Technol., vol. 31, no. 10, 105003, Aug. 2018. (Open Access) DOI YNU-Repository



パイ遷移ジョセフソン接合(P1)を用いた新しい超伝導回路における「0」および「1」状態の表現


超伝導回路を用いた人工ニューラルネットワークの研究

 従来の計算システムと異なる原理を持つ超伝導回路を用いて、従来の計算機が苦手とする処理(画像認識や最適化問題の解の探索)を効率的に行うことができるシステムの構築を目指しています。このような従来のノイマン型計算機と異なる計算システムの研究は、量子計算機やニューロモルフィック素子の研究開発に見られるように、現在大きな注目を集めています。

 我々は具体的には超伝導回路における信号である電圧パルスの密度で情報を表現した人工ニューラルネットワークの実現や、その学習法に関する研究を行っています。

References
[1] 三宅航平, 山口大貴, 山梨裕希, 吉川信行, “量子磁束パラメトロンを用いたボルツマンマシン型ニューラルネットワークによる論理ゲートの検討” 電子情報通信学会ソサイエティ大会, 大阪大学, 2019年9月.
[2] 山梨裕希, 山口大貴, 吉川信行, “量子磁束パラメトロンを用いたニューラルネットワークによる数入力規模の論理ゲート構成の検討” 春季低温工学・超電導学会研究発表会, つくば, 2019年5月.
[3] Y. Yamanashi, K. Umeda, and N. Yoshikawa, “Pseudo Sigmoid Function Generator for a Superconductive Neural Network,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 23, no. 3, p. 1701004, Jun. 2013. DOI YNU-Repository



超伝導疑似シグモイド関数生成回路の構成。
ニューラルネットワークの構成にはシグモイド関数活性化関数を持つニューロン素子が必要。



超伝導疑似シグモイド関数生成回路の測定結果。
実線で表されている理想的なシグモイド関数の曲線に近い結果が得られている。


超伝導電流比較回路の研究

 入力電流の大小を比較する超伝導電流回路は、超伝導回路の最も基本的な構成要素です。その性能を上げることは、超伝導回路の動作速度や低電力性、入力感度などを向上させることにつながります。

 この電流比較回路において、「比較の精度は何で決まるのか?」「比較時間は何で決まるのか?」「比較エラーはどこまで減らせるのか?」といった基本的なことはまだまだ明らかでありません。我々はこの基礎的な課題に正面から取り組み、超伝導回路の性能向上を狙っています。この研究は、鞍点に置かれた球がどちらに転がるか、エネルギー極小値に落ちるまでの時間はどのくらいかかるか、と言う問題と物理的に等価であり、サイエンスの視点からも非常に興味深い課題です。

References
[1] Y. Yamanashi, T. Matsushima, N. Takeuchi, N. Yoshikawa, and T. Ortlepp, “Evaluation of Current Sensitivity of Quantum Flux Parametron,” Supercond. Sci. Technol., vol. 30, no. 8, p. 084004, July 2017. DOI YNU-Repository
[2] T. Ortlepp, M. Volkmann, and Y. Yamanashi, “Memory Effect in Balanced Josephson Comparators,” Physica C, vol. 500, pp. 20-24, May 2014. DOI





動的に再構成可能な超伝導論理ゲートの研究


 超伝導素子はその特性を磁場や電流で簡単に変調できるという特徴を持ちます。これをうまく用いると、一つの回路の機能を、回路動作中に動的に変更させることができます。動的に再構成可能な論理ゲートの設計に関する研究や、それを用いた効率的な論理回路設計法に関する研究を進めています。 

References
[1] Y. Yamanashi, S. Nishimoto, and N. Yoshikawa, “30 GHz Operation of Single-Flux-Quantum Arithmetic Logic Unit Implemented by Using Dynamically Reconfigurable Gates”, IEICE Trans. Electron., vol. E99-C, no. 6, pp. 692–696, June 2016. DOI YNU-Repository
[2] S. Nishimoto, Y. Yamanashi, and N. Yoshikawa, “Design Method of Single Flux Quantum Logic Circuits Using Dynamically Reconfigurable Logic Gates,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 25, no. 3, p. 1301405, Jun. 2015. DOI YNU-Repository
[3] Y. Yamanashi, I. Okawa, N. Yoshikawa, “Design Approach of Dynamically Reconfigurable Single Flux Quantum Logic Gate,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 21, no. 3, pp. 831-834, Jun. 2011. DOI YNU-Repository





動的に再構成可能な超伝導論理ゲートの測定結果の例。
信号入力により、回路機能が動的に変化することを確認。



超高速物理乱数発生回路の研究


 乱数はシミュレーションや暗号通信技術をはじめとするセキュリティ応用などに広く用いられています。その多くは汎用的な計算機を用いて生成する擬似乱数を使用していますが、擬似乱数は特定の生成アルゴリズムを用いて乱数列を生成しているので、その生成履歴から乱数出力が予測可能です。 このため、擬似乱数列は暗号鍵の生成などのセキュリティ応用には使用できません。

 それに対し、大気中の熱雑音や原子核分裂など本質的にランダムな自然現象を利用して生成される物理乱数があります。物理乱数は予測が不可能であるためセキュリティ応用に適していますが、物理乱数発生器の多くは回路中の雑音を乱数源として利用して実現されています。しかし一般に雑音レベルは回路の論理振幅に比べてはるかに小さいため、雑音の増幅が不可欠です。この増幅過程のために乱数生成レートが制限されてしまいます。

 本研究室では、既存の乱数発生回路よりもはるかに高速に物理乱数を発生する回路として、単一磁束量子( Single Flux Quantum : SFQ )回路中の雑音を利用した超伝導高速物理乱数発生回路を提案しています。超伝導物理乱数発生回路は超伝導回路の高感度性のため、雑音を増幅する必要がなく、10 GHz以上の超高速動作が可能です。この生成速度は半導体物理乱数生成回路の1000倍以上となります。回路の中心部は、僅か2個のジョセフソン接合によって構成されているため回路面積が小さく、消費電力も数nWと非常に小さいです。回路の並列化が容易であることから、将来的には乱数生成速度は1Tbpsを超えることも可能です。また、回路中のJosephson接合数が少ないことや熱雑音を積極的に利用しているため高温超伝導体を用いたSFQ回路を利用することもできます。

 本研究では世界最高速の物理乱数生成回路を実現し、その応用に関する研究を行っています。

References
[1] T. Sugiura, Y. Yamanashi, N. Yoshikawa, “Demonstration of 30 Gbit/s generation of superconductive true random number generator,” IEEE Trans. Appl. Supercond., IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 21, no. 3, pp. 843-846, Jun. 2011. DOI YNU-Repository
[2] Y. Yamanashi, N. Yoshikawa, “Superconductive Random Number Generator Using Thermal Noises in SFQ Circuits,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 19, no. 3, pp. 630-633, Jun. 2009. DOI YNU-Repository

 

超伝導物理乱数発生回路のシミュレーション。
周期的な入力に対し、ランダムな出力を得ることに成功している。
乱数生成レートは20 GHz。

試作した超伝導物理乱数発生回路のチップ写真。
RNG (Random Number Generator)の示す部分が回路本体。



ディジタルSQUID微小磁場計測システムの研究


 超伝導リングにジョセフソン接合を挟んだ構造を持つSQUID (Superconductive QUantum Interference Device: 超伝導量子干渉素子)は、現存する磁気センサの中で、最も高感度なセンサであることが知られています。極めて小さな磁場を測定できるSQUID磁気センサは、医療、非破壊検査、地質調査などの広い応用に用いられます。

 通常のSQUID磁気センサでは、SQUIDを最も磁場に対して高感度な動作点に保つために、磁束フィードバック回路が必要になり、SQUIDを多数並べた多チャネル磁場検出システムを構成することは難しくなります。また、磁束フィードバックによって計測速度が制限されるため、急激に変化する磁場の測定が難しいといった問題があります。これらの問題を解決するため、SQUIDセンサと超伝導処理回路を組み合わせた、ディジタルSQUIDが提案されています。ところがディジタルSQUIDは高速測定が可能、多チャネル化が容易といった長所がある反面、SQUIDから出力される磁束量子の数を数えることによって磁場を計測するという動作原理のために、磁束の最小分解能は磁束量子1つぶん(2.07 x 10^-15 Wb)に制限されてしまうという問題があります。

 そこで本研究では、磁束量子よりも小さな磁束を測定できるディジタルSQUIDシステムを提案し、研究を行っています。提案したディジタルSQUIDは、高速測定が可能であるというディジタルSQUIDの長所を損なうことなく、磁束量子よりも小さな磁束分解能を実現できます。より小さな磁束分解能を持つディジタルSQUID回路が実現されれば、超多チャネル微小磁場測定システムが実現でき、幅広い応用が期待できます。

References
[1] Y. Yamanashi and N. Yoshikawa, “Design and Evaluation of Magnetic Field Tolerant Single Flux Quantum Circuits for Superconductive Sensing Systems,” IEICE Trans. Electron., vol. E97-C, no.3, pp. 178-181, Mar. 2014. DOI YNU-Repository
[2] K. Aoki, Y. Yamanashi, and N. Yoshikawa, “Multiplexing Techniques of Single Flux Quantum Circuit Based Readout Circuit for a Multi-Channel Sensing System,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 23, no. 3, p. 2500204, Jun. 2013. DOI YNU-Repository
[3] Y. Tsuga, Y. Yamanashi, and N. Yoshikawa, “Asynchronous Digital SQUID Magnetometer with an On-Chip Magnetic Feedback for Improvement of Magnetic Resolution,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol. 23, no. 3, p. 1601405, Jun. 2013. DOI YNU-Repository

試作したディジタルSQUIDj磁気センサのチップ写真