コラム9
書評「物理学とは何だろうか」 
2017年1月4日作成

 だいぶ更新をサボってしまいました。先日ある先生に「コラム更新してください」と言われたのもあって、久々に書いてみます。

 今回は朝永振一郎先生の名著、「物理学とは何だろうか」について書いてみます。以前熱力学をちゃんと勉強しようとしていたときに物理のN先生に勧められた本で、それ以後愛読書になりました。

 話はいきなり逸れますが、僕は高校まで歴史を授業で習うのが嫌いで、成績もあまりよくありませんでした。しかし歴史についての本、歴史小説や歴史上の出来事の解説本などを読むことは当時から大好きで、今もよく読んでいます。

 どうして歴史の授業が嫌いだったのかを考えてみると、やはり背景や経緯が詳しく明かされないままいろいろなことを覚えなければならなかったからだと思います(もちろん限られた授業時間でそこまで詳しくはできないのでしょうが)。それに対して歴史本、例えば歴史小説は経緯が面白おかしく書かれ、それを読むことで歴史上の出来事とその関連事項まですんなり納得して理解することができました。

 物理学における上記で述べた「歴史本」に相当するものが本書「物理学とは何だろうか」だと思います。

 物理を勉強していると、難しい考えや新しい物理量などが次々と出てきます。初めて学ぶ時には「どうしてこんな事をやらなければならないのか?」という疑問が多かれ少なかれ出てくるものです。本書は新しい考えがなぜそう考えなければならなかったのか、あるいはその物理量がなぜ導入されなければならなかったのかを、背景から解き明かしてくれます。

 例えば熱力学を通常の教科書で勉強すると、いきなりカルノー機関が提示され、その後それが最高効率を持つ機関であることが証明されます。これは式の上では最高効率であることがわかっても、なんとなくモヤモヤしたものが残ってしまいます。

 本書では当時熱機関の効率の向上が求められていた経緯や、カルノーが熱機関に効率の上限があるに違いないと考えるに至った経緯が述べられます。そして最高効率を持つ熱機関がどのような動作原理を持つべきかを考えた思考実験と、得られた結果から最高効率を持つ熱機関が等温膨張・圧縮と断熱膨張・圧縮から構成されなければならないということが詳しく述べられます。これを読むとカルノー機関がどうしてこの構成なのか、どうやってこの機関が考え出されたのか、そしてなぜ他のあらゆる機関よりも効率が高いのかをすんなりと理解することができます。

 他にも、ガリレオが重い物体も軽い物体も同じ加速度で落下すると考えた経緯、クラウジウスが熱力学にエントロピーを導入した(せざるを得なかった)経緯と理由、ボルツマンやマクスウェルらが分子運動論を完成させた経緯などが詳しく述べられています。全てどうしてそれに取り組まなければならなかったのか、どうしてそのように彼らが考えたのかが詳しく述べられています。ある考えに至るにも必ず理由があることがよくわかります。これは通常の教科書のような天下り、トップダウン式の記述とは全く異なります。ある程度物理を勉強した人が本書を読めば、物理学をより深く理解できるようになると思います。

 限られたページでまとまった内容を扱わなければならない教科書を本書のようなスタイルで書くことはおそらく不可能なのでしょうが、もう少しボトムアップ式の説明がある教科書があってもよいかなと思います。だいたい日本の教科書は薄すぎる・・・と言い出すと話が逸れてしまいますね。 

 本書にも記述されているような科学の発見の経緯などに焦点を当てた科学史のようなものがもっと一般的になると、理科が嫌いな人も減るのではないかな、なんて思ったりもします。

 本書は朝永先生の死により絶筆となってしまいました。続きとなったであろう量子力学編をぜひ読んでみたかったです。